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2015-07-01 (Wed)
防災庁舎
。33名の職員の殉職、避難場所としたそれ以外の10名の死も防災庁舎だった。大震災では南三陸町民の565人が死亡し213人が不明となった。災害発生時の拠点がここに存続を決めた、津波に対する対策の甘さがある。合併での両町の決めごとに、両町の中間地点に行政の拠点の建設があった。合併での選挙で新町の初代町長が佐藤氏だった。新町建設委員会で代表者の議論で、「今は新庁舎は必要がない」との決定があった。出席委員の判断よりも、合併時の両町・議会の提案を覆し、海抜1mの場所に庁舎と防災対策室の継続設置となった。チリ津波の町として「南三陸の志津川町」が昭和35年から存在していた。あの津波の怖さと死者を出し、町の半分が津波で被害を受けた事を忘れている。世界で大きな地震と津波が発生している中で、現在の場所に町民を守る場所としての、行政機能と津波周知・対策の場所を、こんな低地部にそのままにしていた事の責任は重い。「想定しない津波」と言うが世界災害に無関心な行政体質にあり、観光と商工維持の為、人口交流を掲げている町づくり対策に、来町者の生命の危うさを思う。10mの防潮堤と河川堤防の建設があり、「職住分離」での住民を守る町づくり、突然の観光客の避難対策は大丈夫なの、と津波の更なる増殖水位を懸念する。町の財政の確保の為の町づくりは、「金の為」との意識を強く持ってしまう。住民の生活・居住地の早期確保よりも、町産業の維持を重視した行政体質に、私は異議を持ち続けている。「保存はあの場所にする」という。その防災対策は観光慰霊の来町者に最善の対策を講じないといけない。防災庁舎の高さは12mながら、それを遥かに超える「16m津波」が押し寄せた。志津川市街地は10mの嵩上げで町づくりの計画が進んでいる。本当に津波は大丈夫、観光客はパニックにはならないのかと思う。全ての住民全員が高台で暮らし、来町の観光客の海抜10mのショッピング施設と復興した町の探索をする。町は避難路や緊急誘導など、最悪の状況を想定した対策をしないと、南三陸町の「津波防災の町」を、また裏切る事となる。津波に対する危機感の拡大を佐藤氏にはお願いしたい。
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