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2015-07-07 (Tue)

土曜日に大阪印刷工業組合東大阪支部さんとの交流会を歌津の民宿で開催した。
お膳の内容を紹介したい。ホヤ酢の物、カレイの煮物、ホタテ焼き、タラの揚物、ホタテの煮もの、蒸しホヤ、ツブ、枝豆、グラタン、マンボーの酢味噌和え、マンボーの内臓、ホタテとタコのご飯、ドンコの吸い物、タナゴのたたき、うに等があった。
刺身はまぐろ、ヒラメ、アイナメ、水タコ、サーモン、カツオ、えび等の盛り合わせだった。
こんなに多くの料理が並ぶのは、歌津の民宿ならではの物と思う。「合掌」、いただきます。
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2015-07-01 (Wed)
防災庁舎
。33名の職員の殉職、避難場所としたそれ以外の10名の死も防災庁舎だった。大震災では南三陸町民の565人が死亡し213人が不明となった。災害発生時の拠点がここに存続を決めた、津波に対する対策の甘さがある。合併での両町の決めごとに、両町の中間地点に行政の拠点の建設があった。合併での選挙で新町の初代町長が佐藤氏だった。新町建設委員会で代表者の議論で、「今は新庁舎は必要がない」との決定があった。出席委員の判断よりも、合併時の両町・議会の提案を覆し、海抜1mの場所に庁舎と防災対策室の継続設置となった。チリ津波の町として「南三陸の志津川町」が昭和35年から存在していた。あの津波の怖さと死者を出し、町の半分が津波で被害を受けた事を忘れている。世界で大きな地震と津波が発生している中で、現在の場所に町民を守る場所としての、行政機能と津波周知・対策の場所を、こんな低地部にそのままにしていた事の責任は重い。「想定しない津波」と言うが世界災害に無関心な行政体質にあり、観光と商工維持の為、人口交流を掲げている町づくり対策に、来町者の生命の危うさを思う。10mの防潮堤と河川堤防の建設があり、「職住分離」での住民を守る町づくり、突然の観光客の避難対策は大丈夫なの、と津波の更なる増殖水位を懸念する。町の財政の確保の為の町づくりは、「金の為」との意識を強く持ってしまう。住民の生活・居住地の早期確保よりも、町産業の維持を重視した行政体質に、私は異議を持ち続けている。「保存はあの場所にする」という。その防災対策は観光慰霊の来町者に最善の対策を講じないといけない。防災庁舎の高さは12mながら、それを遥かに超える「16m津波」が押し寄せた。志津川市街地は10mの嵩上げで町づくりの計画が進んでいる。本当に津波は大丈夫、観光客はパニックにはならないのかと思う。全ての住民全員が高台で暮らし、来町の観光客の海抜10mのショッピング施設と復興した町の探索をする。町は避難路や緊急誘導など、最悪の状況を想定した対策をしないと、南三陸町の「津波防災の町」を、また裏切る事となる。津波に対する危機感の拡大を佐藤氏にはお願いしたい。
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2015-06-29 (Mon)

バスがどうやって防災庁舎まで行くのか? こんな疑問を持ちながら八幡川右岸を通行していた。今日、スタンドで「どう行くの?」と聞くと、「旧高野会館の前の砂利で整備した所から入る。」と教えられた。大型トラックに混じり入ったが、嵩上げの急坂が目の前にそびえ、どこから防災庁舎前に行くかは確認できなかった。
何の看板も無く、「普通車一方通行」とあるだけ。これから市街地の復興の中で、防災庁舎の「県有化」もあり、夏休みの「教育旅行」や「観光支援」の交流人口が増す。しかし、その対策を何も取っていない南三陸町と思う。ホテルや旅行会社にはその通路の情報提供をしているのだろうが、もっと親切で丁寧な案内板をお願いしたいものだ。
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2015-06-27 (Sat)
2011-06-20 07.21.24
今日の新聞に「殉職遺族と職員との懇談」の記事があった。行政の決断の「県有化」への決定への正当性を話す事なのだろう。
同じ立場の職員遺族に何を話すのか、「寄り添い」「心を癒す」事が最大の生き残った行政の使命と思う。記事の見出しに「解体すれば過去に」とあるが、殉職遺族は家族の死に関係した物は見たくないとの、真に本意を理解できなく、町づくりと行政維持の為だけを一番に考えている。自分の役目を「遺族に寄り添う」との考えで話し合って欲しい。懇談で今更何を話すのか、首長が町の為に何回も話し合い、殉職職員の家族の心を癒す事こそ大切と思う。防災庁舎上で何があったかを家族に伝える事こそ、最大の供養となり、少しは遺族の心を慰める。
(2011.6.20撮影)
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2015-06-25 (Thu)

多くの人達が死んだ場所「南三陸町防災対策庁舎」は、自然の贈り物ではなく、43人の苦しみの顔がここにある。霊感の強い従妹は、多くの人達が屋上に居て下を覗きこみ、苦しみの中にいる人たちが見えると言う。
村井知事さん、新聞に掲載された津波襲来の時の、屋上の鉄骨の縁で「死ぬまい」と、生きようとした証の光景を見ましたか。
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